2016年01月31日

川越の時の鐘が耐震工事中

孫が生まれたので、坂戸にある病院に行ってきましたが、面会時間が 14時なので川越に行ってきました。
蔵造りの町並みの一番街を歩いて途中の路地を入ったところにある川越のシンボルと言える「時の鐘」に行ったところ、耐震工事中でした。
ウェブを見ると 2017年1月13日までのようです。
工事は 2015年6月から始まっていて、2016年2月までは基礎工事中です。

時の鐘1.JPG川越 時の鐘。
一番街に入る「鐘つき通り」にある。
2015年6月16日から 2017年1月13日まで耐震工事と保存修理工事が行われている。
一層目が青いシートでくるまれている。
耐震工事が主だが、保存修理工事(主柱根継ぎ、礎石建ち復原、下見板・屋根銅板葺き交換等)も行われ明治27年に再建された当時のものに近くなるそうだ。


一層目だけを覆って仮設工事をしていますが、それ以外の上層は通常どおり見ることができます。
1日4回の鐘つきと夜間ライトアップは原則通常どおり行っているようです。
3月からは全体を素屋根で囲み周囲をシートで覆うため、時の鐘全体が見えなくなるそうですから、ぎりぎりのタイミングで時の鐘を見ることが出来ました。

川越 時の鐘 2016-01-27.JPG川越の時の鐘。
1階部分が青いシートでくるまれている。
右側の細い臨時通路から、反対側の薬師神社に抜けることができる。
2016年3月から10月頃までは、建物修理のため全体が覆われる。


2016年2月中は定刻の鐘打、夜間ライトアップも行なわれなくなりますが薬師神社までの通路は使うことが出来るそうです。
ウェブに工事の概要が書かれていますが、これを見る限りは工事で良くなりますね。
耐震補強工事(耐圧盤設置、柱・梁・筋違等の接合部補強等)
保存修理工事(主柱根継ぎ、礎石建ち復原、下見板・屋根銅板葺き交換等)

川越 蔵造り資料館.JPG蔵造り資料館はもともと煙草卸商の万文の家。
川越の蔵造りの家並みは 明治26年の大火以降に出来た。
資料館には万文の資料や消防器具が飾られている。


時の鐘を見た後で、川越 蔵造り資料館に入ってみましたが、資料館にいる人たちも時の鐘を大切にしていて、資料館の各所からも時の鐘が見えました。

川越資料館からの時の鐘.JPG蔵造り資料館の2階の窓から時の鐘が見える。
3月から年末近くの間は、覆われてしまって見ることができなくなる。


最盛期には蔵造りの家は100軒以上もあったそうですが、写真を見るとものすごい数ですね。

川越 蔵造りの町並み写真.jpg川越 蔵造りの町並み。
古い写真だが蔵造りの多さが分かる。
現在は、電柱は撤去されているから道路もすっきりとしている。
蔵造り資料館のホームサイトから借用。


川越が小江戸と呼ばれるわけもわかる気がしますね。
タグ:時の鐘
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2016年01月30日

川越の蔵造りゾーンを散策した

孫が誕生をしたので毛呂山にあるホテルに泊まって、病院に面会に行く前に川越に行きました。
面会時間が 14時からと遅いし、最近は川越の情報がテレビ放映をされることが多いので久しぶりに行ってみたいと思ったのです。
2004年4月に川越には行っているのですが、古い写真と比べてみると歩道も整備されていました。
昔の写真を見ると歩道は、単なる路側帯で茶色く塗装されていますが現在はタイルが貼られています。

川越 蔵作りの町並み1.JPG川越の蔵づくりの町並み。
歩道は、タイルが貼られて歩きやすくなっている。


次の写真は 2004年4月2日に撮影をした同じ地区の町並みです。
場所は少し違っていますけれど地域全体の歩道の処理は同じです。
赤茶色に塗装をされた単なる路側帯ですね。

川越 2004-04-02.jpg川越の蔵造りゾーン。
2004年4月2日に撮影をしたもの。
歩道は赤茶色の塗装がされていることが分かる。
歩道だけでなく建物も、きれいにされている。
すでに電柱は取り払われていて電線は地下ケーブルになっている。
観光目的だとしても、環境が良くなっているのが分かる。


大体は良くなっていましたね。
有料駐車場が増えていたのが気になる程度でしたが、これはいい点でしょうね。

川越 一番街1.JPG川越の蔵造りの街並みが続く地域は、一番街と言って商店街になっている。
時の鐘も菓子屋横丁も、この近くにある。


テレビでは 蔵造りの街並みがある一番街が、歩行者天国になっていましたけれど、これはトライアルの時の画像でした。
反対をしている人たちも多いようで今のところは定期的に実施をすることが難しいようです。
でも川越の街は魅力があるところですから、また、ゆっくりと歩いてみたくなりました。
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2016年01月29日

JR八高線 毛呂駅

娘の出産予定日が 1月24日でしたが、初産の為か遅れて 1月25日の 23時過ぎに生まれたという連絡がありました。
兆候もなかったので心配をしていたのですが、お産は軽かったそうで一安心です。
娘夫婦の住んでいるのは、埼玉県入間市で、病院は坂戸市にありますから、いくつかホテルを調べていたのですが、25日の夜遅くでしたから、あまり予約をできるホテルがありませんでした。
八高線の毛呂駅の近くにあるホテルがあったので楽天トラベルで予約をしました。
ホテルはビジネスホテルでしょうが、セミダブルとは言ってもベッドが狭かったですから、連れ合いと一緒では、かなり寝にくかったです。
予約をした時間が遅かったので、ツインベッドの部屋がなかったのですから、仕方がありませんですね。
翌日の朝はホテルは結構ありましたから翌朝に予約をすればよかったと思います。
坂戸の病院からは、30分ほどでホテルに着きましたので 午後4時すぎに、少し周りを歩いてみました。

埼玉医科大学1.JPG埼玉医科大学病院。
JR八高線 毛呂駅の通りの正面にある。
高度医療を提供する特定機能病院。
毛呂駅から徒歩で 約3分と書かれている。


ホテルの近くには埼玉医科大病院がありますが、これは名前とは違って高度医療を提供する特定機能病院ですね。
八高線 毛呂駅から、徒歩約3分と書かれています。

八高線 茂呂駅1.JPGJR 八高線 毛呂駅。
今となっては趣がある木造の駅。
この駅以北はJR東日本の高崎支社管轄。
隣の高麗川駅以南は八王子支社管轄になる。


JR八高線は、東京都では1995年まで非電化でしたけれど、高麗川駅から八王子駅が電荷をされて川越線との直通運転がされるようになりました。
つまり高麗川駅から南北に分断されたわけで、高麗川駅から北側は八高北線で気動車でした。
高麗川駅ー倉賀野駅の間が電化をされたのは 2014年です。
毛呂駅からは高麗川・八王子に行くことが出来ますけれど、八王子方面に行くのには高麗川駅で乗り換えないといけないようです。
八高北線、八高南線という呼び名はなくなって八高線に戻ったようですけれど、いまだに八高線は分断されているのですね。
川越線の方が利用者が多いのでしょうから川越線との直通のままなのでしょう。

八高線運行形態.JPGJR八高線運行形態。
現在も高麗川駅からは川越線直通になっている。


本来は高麗川駅からは毛呂駅ー高崎駅までの線を繋ぐのでしょうが川越線を利用したほうが便利なのでしょう。

八高線 茂呂駅2.JPG毛呂駅は JR高崎支社管轄の直営駅で、管理駅として越生駅 - 折原駅間の各駅を管理している。
みどりの窓口、簡易Suica改札機、自動券売機が設置されている。


毛呂駅は電化もされていますし、Suica も使うことが出来ますが、周りは埼玉医科大学とマンションです。

毛呂山 ホテル1.JPG泊まったホテル。
2人連れが多かったが結構混んでいる。
ゴルフ目当ての人は見かけなかったから、埼玉医科大学関係の人が多かったのだろう。


ホテルは、どちらかというとビジネスホテルですけれど、スーツ姿の客はほとんどいませんでした。
病院の面会時間が 14時からと、遅いので、翌日は川越に寄ることにしました。
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posted by ogu at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする