私が子供の頃に住んだ待ちですから、上から見下ろすと思いでも多いのです。
昨年は雨が降っていて 45階の展望ロビーから表を見ただけでしたが、今年は一つ上の展望施設から眺めました。
45階から、上の天望施設までは階段を上るから 46階に相当するが屋上で屋根はない。
写真の左奥の出入口から屋上(展望施設)に出る。
校庭にある大きな木がプラタナス。
国道 14号線を挟んだあたりに、私の家や友人の家があった。
市川小学校の校門は今のように道路際まで出ておらず、何十メートルか奥まっていて、そこまでの間に、良く 飴細工や針金細工の露店が出ていました。
千葉街道を渡ると、文具店、パン屋、中華料理屋、金物を売る百貨店、私の家の和菓子店、酒屋などが並んでいました。
小学校側は、石材店、新聞屋、パン屋などでした。
インターネットに昭和20~30年台くらいの市川駅周辺の地図がありましたから借用をします。
市川警察署跡の右側から弘法寺まで伸びる道が大門通り。
つぎはし、手児奈霊堂も書かれている。
また地図の右の方に日の出学園も出ている。
2018年6月に開通をした 東京外環自動車道は 京成電鉄の菅野駅の真下を抜け 日の出学園の東(右側)を通っている。
市川警察署がいつ跡と呼ばれるようになったのかがわかりませんので地図が作成された時期がわかりませんが昭和 21年以降であることは確かです。
市川駅前のダイエーも闇市と書かれています。
一番奥に真間山弘法寺(ままさんぐほうじ)があり、階段の途中に仁王門がある。
階段の下に「真間のつぎ橋」という小さい橋がありその右手に「真間の手児奈」の手児奈霊堂がある。
真間の手児奈は市川で育った人は良く知っていると思います。
私の娘もお宮参りは手児奈霊堂でした。
大門通りが国道14号線にぶつかる角にあった。
今は市川公民館に使われているようだ。
昔は家に風呂がある家は少なかった。
いつも遅い時間で風呂桶の掃除が始まるころに行っていた。
今は市川こども館があるあたり。
和洋女子大学の大きなビルが見える。
その奥に里見公園がある。
里見氏と後北条氏の二度の国府台合戦が行われた場所。
ここも「夜泣き石」などのいろいろな伝説がある。
里見公園の奥に松戸市矢切の栗山浄水場の配水塔が見える。
このあたりまで良く歩いて行った。
栗山情浄水場のタンク(配水塔)は、2006年に土木学会選奨の土木遺産に認定されています。
そして 2017年に 千葉分場1号配水池と共に、登録有形文化財(建築物)にも登録されました。
栗山浄水場の近くに 伊藤佐千夫の「野菊の墓」の文学碑がありますし、矢切の渡しもあります。
矢切の渡しで江戸川を渡れば柴又の帝釈天ですね。
矢切の渡しの料金は 片道の料金は大人200円、子供・自転車各100円(2018年12月時点)でしたけれど、消費税の値上げなどで少し高くなっているかもしれません。
左から JR総武線の橋、中が国道 14号線の「市川橋」、右が 京成電鉄の橋。
左側は昔は江戸川放水路と言っていたが、今では江戸川。
右側の流れは、本来は江戸川だったけれど、今では旧江戸川。
東京外郭自動車道が見える。
写っている学校は多分日の出学園、このあたりには菅野小学校や国府台女子学園などがあってわかりにくい。
ニッケコルトンプラザ通りが出来るまでが、中山競馬場のそばを通って市川霊園に墓参をしていた。
近くに東京タワーも見えるはずだけれど、ビルの隙間から先が少しだけ見えるだけ。
東京タワーや、葛西臨海公園の大観覧車も角度が悪くあまり良く見えませんでしたが、この展望施設は良いですね。
