2016年01月06日

みなとみらい線 元町・中華街駅

2015年12月18日に横浜の山下公園にある氷川丸を見学して、ホテルニューグランドの前を通って、みなとみらい線の元町・中華街駅から横浜駅に戻りました。
ホテルニューグランドのタワーの前を通って中華街の東門の近くまで歩いて、元町中華街駅につながる地下道に下りました。

横浜中華街 東門1.JPG横浜中華街の東門。
前は、中華街にくるときには石川町駅から入ることが多かったので東門は久しぶりだ。


いつも中華街に行くときには JR石川町駅から西門をくぐって、善隣門に抜けて中華街大通りを歩くことが多いし、横浜人形の家に行くときにも通りませんから東門を見るのは久しぶりです。

元町中華街駅1.JPG元町・中華街駅のエスカレーター。
地下道からは大分距離がある。


中華街東門前から元町・中華街駅に入る地下道を歩いて、駅に入りましたけれど、結構距離がありましたから、もっとマリンタワーの近くから曲がればよかったですね。
この日は氷川丸の見学で結構歩いていましたから少し疲れました。

元町中華街駅3.JPG元町・中華街駅のホームは B4階にあるので長いエスカレーターで降りる。


みなとみらい線は、2004年に出来た新しい鐡道路線で、4.1km で6つの駅があります。
埋立地ですから地盤が弱く、すべての駅が地下4階が地下5階にあります。
横浜から東急東横線と相互直通運転をしています。
管轄は横浜高速鉄道ですが、運転は東急電鉄に委託していますから、事実上は一つの路線として運用をされています。
2013年に東急東横線が東京メトロ副都心線と相互直通運転をするようになりました。

元町中華街駅6.JPG元町・中華街駅のホーム。
エスカレーターと駅に入ってきた車両が見える。


東京メトロ副都心線は2008年の開業当初から東武東上線と西武池袋線との相互直通運転をしていますから、結果として 鉄道5事業者(横浜高速・東急・東京メトロ・東武・西武)による相互直通運転が行われるようになっていますが、東急管理の横浜駅以外の みなとみらい線では、渋谷以北の切符は売っていません。
まぁ、いろいろな問題がありますけれど、2013年に路線は黒字になりましたから観光を中心とした鉄道として活躍をするでしょう。
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2016年01月05日

横浜 ホテル ニューグランド

正月で、どこへも出ていませんから、昨年に行った横浜の事を少し書きましょう。
12月17日に会社時代の仲間と横浜で忘年会を開いて、楽しい時間を過ごして、ホテルキャメロットに一泊しました。
翌日はシーバスで山下公園に行って、いままで入ったことがなかった氷川丸を見学してから、ホテル ニューグランドのそばを通って元町・中華街駅から横浜駅まで戻りました。

ホテル ニューグランド1.JPGホテル ニューグランド。
右隣に高層のタワーが出来ているが、古い本館の方が趣があって良い。


このホテルの本館は、経済産業省認定の近代化産業遺産、また、横浜市認定歴史的建造物です。
1945年にマッカーサー元帥が来日直後に執務室として使ったことで有名な客室「マッカーサーズスイート」や、大佛次郎が愛用した客室「(鞍馬)天狗の間」など、由緒ある本館ならではのエピソードを残っています。
戦後マッカーサー元帥が執務室として使った315号室には、実際に使用したライティングデスクと椅子が残されているそうですが、2人利用で料金が 142,560円ですね。

ホテル ニューグランド2.JPGホテルニューグランドの入り口。
「祝 横浜開港 157周年」と書かれている。


ホテルニューグランドの入り口には「横浜開港 157周年」とかかれていますが、2016年7月1日で 157年ですけれど、まぁ良いでしょう。
安政5年の日米修好通商条約から数えれば 157年ですし、もう 2016年ですから。

ホテル ニューグランド ザ・カフェ1.JPGホテルニューグランドのコーヒーハウス「ザ・カフェ」。
画像はウェブサイトから借用。
「シーフードドリア」「スパゲッティ ナポリタン」 「プリン ア ラ モード」はニューグランドから広まった料理。


「シーフードドリア」「スパゲッティ ナポリタン」 「プリン ア ラ モード」は、ホテルニューグランドから広まった料理として有名で、今でも「ザ・カフェ」で食べることが出来ますから、今度、食べてみたいと思います。
posted by ogu at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 横浜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

氷川丸-3

山下公園に停泊をしていて博物館船として利用をされている日本郵船氷川丸の続きです。
12月18日にシーバスで山下公園まで行って、つかの間でしたが楽しい海の旅を味わいました。
日本郵船の氷川丸も、素晴らしい船でしたが、客室関連以外の場所についてです。
船長室は甲板上にある Nデッキにあります。

氷川丸 船長室と操舵室がある Nデッキへの上り階段.JPG甲板から Nデッキに上がる階段。
Nデッキには船長室と操舵室がある。


氷川丸 船長室2.JPG氷川丸の船長室。
広く豪華な部屋だが、機能的な作りになっている。


氷川丸 船長室3.JPG氷川丸 船長室。
海図を見るためのテーブルや、操舵室との連絡をするための伝声管などの器具が見える。


氷川丸の甲板の上の前方には Nデッキと呼ばれているデッキがあって、船長室と操舵室だけがあります。
船長室と操舵室とは伝声管というパイプがつながっていてパイプに口を近づけて話をすることが出来るようになっています。

氷川丸 操舵室1.JPG操舵室。
氷川丸の中枢部。
一番奥にレーダーが見える。
左から2盤目に見える丸い機器がエンジンテレグラフで、操舵室から機関室に指令を出す機械。


氷川丸 操舵室3.JPG氷川丸の舵輪。
木製でがっちりとしている。
操作は立って行っていたようでイスはない。


操舵室には様々な機器が置いてありましたが、機能的ですね。
後は機関室を見学をして終了です。

氷川丸 機関室1.JPG機関室。
ここCデッキから階段を下りるとDデッキで各機器が設置されている。


氷川丸 機関室2.JPG機関室。
カム等も綺麗に塗装をされている。


氷川丸 ディーゼル発電機.JPGディーゼル発電機。
エンジンを制御したり、舵を動かす電力を供給していた。
デンマークの B&W社のライセンスで池貝鐵鋼製4サイクル 190kWのエンジンが3基搭載されていた。


氷川丸 喫水線マーク.JPG氷川丸の機関室。
喫水線のマークがついているが Dデッキのかなり高い位置についていることが分かる。


機関室には他にもいろいろと興味深い機器もありましたが、階段を上って Cデッキに戻りました。
氷川丸の変遷について書かれている展示を見て、出口から外に出ました。

氷川丸 出口.JPG氷川丸の Cデッキにある出口。
丁度 1時間の見学だった。


氷川丸 出口2.JPG桟橋から見た氷川丸の出口。


1時間程度の見学でしたけれど、面白かったですね。
この後、土産物屋を少しだけ覗いてから、ホテルニューグランドの前を通って、みなとみらい線で横浜駅に戻りました。
posted by ogu at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 横浜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

氷川丸-2

山下公園に停泊をしていて博物館船として利用をされている日本郵船氷川丸の続きです。
氷川丸に入ってすぐの場所はエントランスロビーと呼ばれていて、氷川丸の歴史の VTR が流れています。
宝塚歌劇団もアメリカに行くときに氷川丸を利用しておて、トップスターだった寿美花代さんが氷川丸の旅の素晴らしさを話している画面がありましたけれど、限られて人たちの思い出でしょうね。
客室の貧富の差の大きさを観ましたけれど、昨日の記事には載せなかった1等客室の客が使うことが出来る部屋について。
昨日の記事には 1等特別室、1等客室、3等客室だけを載せましたけれど、それだけでも扱いの差が分かると思います。
それに加えて 1等客には、食堂、読書室、喫煙室、児童室などの豪華な部屋が用意されています。

氷川丸一等食堂1.JPG氷川丸の1等食堂。
ものすごく豪華で、広く造られている。


氷川丸一等児童室1.JPG氷川丸 1等児童室。
1等食堂の隣にあったから、大人が食事中に子供たちが遊んだ部屋かもしれない。


氷川丸 1等読書室.JPG氷川丸 1等読書室。
あまり広くはないが、本箱も備えられている。


氷川丸 1等喫煙室1.JPG氷川丸 1等喫煙室-1。
喫煙室は広く造られていて、グランドピアノも置いてあった。


氷川丸 1等喫煙室2.JPG氷川丸 1等喫煙室-2。
食後の休憩を執った部屋だろうが、広く豪華で、暖炉もついていた。


とにかく 1等のお客に関しては第一級の扱いであることはよくわかりました。
まだ、船長室、操舵室、機関室については書いていませんから、明日の記事に乗せたいと思います。
posted by ogu at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 横浜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

氷川丸-1

12月17日に会社時代の仲間と横浜で忘年会を開いて楽しい時を過ごしましたが、横浜に一泊をしてシーバスで山下公園に行きました。
シーバスには今までに乗ったことがなかったのと、海から横浜を観たいということが主な目的でしたが、そのほかに前から行きたかった氷川丸の見学です。
氷川丸は月曜日が休館ですし、他の日は見学をする時間がないなどで後々延ばしになっていたのです。
日本郵船氷川丸のウェブサイトから歴史について一部をコピーしますが次のような内容です。
氷川丸は、昭和5年にシアトル経路に建造された貨客船です。
当時の最新鋭大型ディーゼル機関を搭載し、水密区画配置など先進の安全性を誇っていました。一等公室にはフランス人デザイナーによるアールデコ様式の内装が施され、太平洋戦争前には、秩父宮ご夫妻、チャーリー・チャップリンをはじめ、約1万人が乗船しました。
その後、戦時下で、政府徴用船、および海軍特設病院船となり、終戦までに3回も触雷しましたが、日本郵船の大型船では唯一沈没を免れたのです。

日本郵船氷川丸  asof 2015-12-19.JPG日本郵船氷川丸のウェブサイトから。
2015年12月19日の画像。
実際に氷川丸を観た 2015年12月18日は、これより 1日少ない 85歳と 237日。


戦後も引き続き病院船のまま復員輸送に従事し、昭和22年に復元工事で貨客船に戻り、国内航路定期船、後に外航不定期船、昭和26年8月からはシアトル・ニューヨークおよび欧州航路定期船に就航しました。
昭和28年には内装をアメリカンスタイルに改装し、シアトル航路に復帰、フルブライト留学制度での渡航者約2,500人を含む乗客、約1万6,000人を輸送し、活躍しました。

昭和35年、船齢30年に達し、同10月シアトル、バンクーバーから神戸に帰港、係留地横浜への回航を最後に第一線を退きました。

太平洋横断254回、船客数は2万5千余名。

引退後は、係留地横浜で多くの人々に親しまれ、平成15年11月には横浜市指定有形文化財にも指定されました。
竣工78年目にあたる平成20年4月25日、「日本郵船氷川丸」としてリニューアルオープンをして、現在は横浜市の博物館船として公開をされています。

というわけで見学ルートは次の通りです。

氷川丸見学順路1.JPG氷川丸見学ルートの入り口は Bデッキにある。
3等客席は Cデッキで、ほとんど喫水線の近くにある。
出口は Cデッキにあるのが分かる。
Aデッキは甲板の下になるが、屋外デッキもある。


シーバスと氷川丸2.JPG山下公園のシーバス桟橋と氷川丸は、並んでいる。
氷川丸の入り口が見える。


氷川丸入り口1.JPG氷川丸の入り口は、階段を上がると 90度曲がって階段を上がる。
写真は Bデッキに上がる階段。


船はみんな同じなのですが、1等と3等の差が大きいですね。

1等特別室.JPG1等特別室。
チャップリンや三笠宮など各国の貴賓や著名人が利用をしたスィートルーム。
寝室、浴室、居室の3つの部屋で構成をされている。
氷川丸の最高の客室だろう。


1等室や1等児童室、1等食堂、1等喫煙室などは、ものすごく良い環境ですが、3等客室などは、狭い 8人部屋ですからね。

1等客室1.JPG1等客室。
児童室や食堂、喫煙室など1等客が利用をすることが出来る部屋も多い。


それに比べると 3等客室はひどいものですね。
喫水線の近いCデッキにあって狭く8人がりよ出来るように 2段ベッドが8つついています。
多分上のフロアには行くことが出来なかったのでしょう。

3等客室.JPG3等客室。
部屋の片面だけで 4つのベッドがあり 8人部屋になっている。
狭いし1等客とは大きい差がある。


船での貧富の差の大きさは、大変なものです。
1等特別室などは、ひとり(1家族)で 3部屋も連続をしていますし、食堂、読書室、喫煙室、児童室も使うことが出来るのですからね。
posted by ogu at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 横浜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする