2016年03月10日

道の駅 富楽里 とみやま の「網納屋」

「道の駅 富楽里 とみやま」は有料道路の富津館山道路からも利用ができるハイウェイオアシスになっています。

道の駅 富楽里 とみやま3.JPG道の駅 富楽里 とみやま。
1階の一般道路の駐車場から。
高速道路側の駐車場は 2階にある。


南房総市にある「道の駅 富楽里 とみやま」は、停めやすいし漁協直営の網納屋(あきなや)という海鮮レストランンの味も良いいので、割に利用をします。
今回の食事は「にぎり寿司セット」にしました。
前回は、「あみなや丼」という名物の海鮮ちらしでしたから、違うものにしたのです。

にぎり寿司セット.JPGにぎり寿司セット。
少し高かったが寿司の味が良く満足をした。


店の真ん中にあるカウンターの上に、本日の「にぎり寿司セット」のネタも書いてあるのが良いですね。

カウンター.JPG本日のにぎり寿司セットのネタ。
マグロ、マダイ、スズキ、スズキ、ワラサ、ヒラメ、イカ、サバ
の8貫 と茶碗蒸し、天ぷら、小付、味噌汁。


ネタはみんな素晴らしいものでした。

色紙1.JPG店の出入り口に貼ってある沢山の色紙。
テレビで取材をした人たちが書いていくのだろう。
それだけ人気が高いということだろう。


店の出入り口には沢山の色紙が貼ってありましたが、人気がある印でしょう。
あまり固いことを言っても仕方がありません。
1階にある岩井漁協直営の鮮魚店「大漁市場」も商品が豊富でなかなか良いですね。

イセエビ、さざえ.JPG伊勢海老、さざえ。
買わなかったけれど魅力がある。


ひらめ、タカアシガニ.JPG平目とたかあしがにも良いものが出ていた。


これなら売れるでしょうね。
さすがは漁協直営の店だけありますね。
posted by ogu at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 南房総市 | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

道の駅 富楽里 とみやま

道の駅保田小学校、源頼朝の上陸地に行ってから、久しぶりに 道の駅 富楽里 とみやま に行きました。
この「道の駅 富楽里 とみやま」には何度も行っているのですが、トイレ休憩や食事にはちょうど良いですね。
道の駅保田小学校と源頼朝の上陸地(竜島海岸)は、きょなん町にありますけれど、道の駅富楽里とみやまは、隣の南房総市にあります。

1階からの道の駅 富楽里とみやま1.JPG道の駅富楽里とみやま。
2階は、富津館山道路から利用ができるハイウェイオアシスになっている。


JR の最寄り駅は、「岩井駅」ですね。
この道の駅富楽里(ふらり)とみやまは、ハイウェイオアシスになっていて、富津館山道路からも利用ができますし、一般道からは道の駅として利用ができます。
1階の一般道の駐車場のほうが広いです。

ハイウェイオアシス側の駐車場.JPG2階ハイウェイオアシス側の駐車場。
上下線の駐車場がまとまっているので、少し狭い。
(有料道路側(上り):大型車6台、普通車30台、身体障害者用1台)
(有料道路側(下り):大型車6台、普通車30台、身体障害者用1台)
高速バスの停留所もある。


富津館山道路には、高速バスの停留所もあって、東京駅 - 館山駅 - 安房白浜駅【房総なのはな号】と、新宿駅 - 館山駅【新宿なのはな号】が走っています。
下りは降車専用ですから、ここに自家用車を停めておくのでしょう。
私も君津から東京へは、よく高速バスを利用していますから便利さはよくわかります。

1階道の駅側駐車場1.JPG1階側の駐車場。
(一般道側:大型車13台、普通車170台、身体障害者用1台)
ここは道を隔てた位置にも駐車場があってかなり広い。


1階は物産展が主で 2階がレストランになっています。
この道の駅には岩井漁協直営の海鮮レストランの「網納屋」があって、人気を集めています。
私も、ここで食事をしました。
きょんなんには、「ばんや」という保田漁協直営の海鮮レストランがあって、大人気ですけれど、この網納屋もおいしいですね。

網納屋3.JPG岩井漁協直営の海鮮レストラン「網納屋」の入り口。
2階にある。
1階に大漁市場という名前の魚店もオープンをしている。


網納屋1.JPG網納屋の店内。
94席。
奥に座敷室がある。
座敷部屋の手前にカウンターがあって、魚をさばいているところが見える。


入り口は椅子席で奥のほうに座敷部屋がありますが、境目にカウンターがあって板前が魚をさばいているのを見ることができます。
お茶は自分で汲んでこないといけませんが、それ以外はてきぱきとしていて良いですね。
posted by ogu at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 南房総市 | 更新情報をチェックする

2015年12月16日

千葉酪農のさと

12月7日に亀山湖、養老渓谷に行き、翌日 8日に富津市のもみじロードでもみじを楽しんだ後、大山千枚田に寄ってから、千葉 酪農のさとに行きました。
ここは、日本の酪農の原点のような場所ですが、知っている人はあまりいないでしょう。

酪農の里4.JPG酪農資料館。
中には、酪農の歴史・乳牛の生態・牛と農家の共存のすがたなどをパネルやビデオなどで展示紹介をしている。


酪農資料館は 2階立てで、柏農の歴史などについて丁寧に説明パネルがでています。
ウェブのホームサイトから転用すると次のようになります。

■日本酪農発祥の地
平安時代から房総の広い牧場には馬が放し飼いにされて、朝廷に納められていました。
鎌倉時代、戦国時代には軍馬を生産するために牧場が機能していました。
安房の嶺岡一帯(現在の南房総市大井)は、安房国守の里見氏の牧場でしたが、
江戸時代に 幕府が直接管理するところとなりました。
八代将軍吉宗は、享保13年(1728年)インド産といわれる白牛(乳牛)3頭を
輸入し、この嶺岡牧で飼育、これを基に頭数を増やし改良を進めるとともに、
疲労回復の強壮剤、さらには労咳や解熱を効能とした薬などとして用いた
“白牛酪”という乳製品や傷薬として使った“御生薬”の製造を開始しました。

吉宗公が牛乳を使って乳製品を作ったことが日本の酪農の始まりとされており、
千葉県は、昭和38年5月“日本酪農発祥の地”として「千葉県史跡」に指定しています。

千葉県酪農のさとは、日本酪農発祥の地にあり、嶺岡乳牛研究所のそばに建設したものです。

日本酪農八種の地.jpg酪農のさとの隣にある千葉県嶺岡乳牛研究所の
 事務所入り口にある「日本作農発祥の地」の碑。


■酪農へ発展
8代将軍の徳川吉宗が、馬と一緒にインド産の白牛を輸入して、嶺岡に運びました。
白牛は嶺岡で飼育され、数を増やしました。 白牛から搾った牛乳で「白牛酪」という乳製品を作りました。 当時は、強壮剤や解熱用の薬として使っていたそうです。
始め将軍家に献上品として納められましたが、量が増えてきた1796年頃からは庶民にも販売されるようになったそうで、この牛乳を使って乳製品を作ったことが、現在の日本の酪農へとつながっていったので、嶺岡が「日本酪農発祥の地」といわれているのです。

酪農の里2.JPG嶺岡には広い牧場があって、この日はヤギが放牧をされていた。
酪農資料館の2階から撮影。


酪農の里3.JPG酪農のさとの敷地内には、研究棟や牛舎などが並んでいる。


酪農の里5.JPG酪農のさとには、細い川があって景色も良い。


白牛2.JPG酪農のさとのシンボルともいうべき白牛は一時は70頭まで増えたそうだが伝染病で死んでしまい日本では酪農のさとの3頭しかいない。


白牛舎は駐車場のそばに別にあります。
乳牛は現在はホルシュタインが主流で、白牛はこの酪農のさとの3頭だけだそうです。
この前に来たときには 1頭が、貸し出されていましたが、この日は3頭いました。


posted by ogu at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 南房総市 | 更新情報をチェックする

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