2019年12月28日

木更津駅構内には、かつて転車台があった

写真アルバム「木更津・君津・富津・袖ヶ浦の昭和」を木更津市図書館から借りて読んでいますけれど、君津製鉄所が出来たことが一番の影響ですが、それまでは鉄道が大きな役割を占めていました。
いまの「内房線」は当時は房総西線と言っていました。

木更津西口1.jpg木更津駅西口。
昭和30年撮影。
木更津駅は昭和25年に建て替えられているから、私が木更津に赴任した時には新しい駅になっていた。
弁当売り場はなくなっているが外見はほぼ同じ。


木更津旧西口2.jpg昔の木更津駅西口の駅舎。
橋上駅は昭和45年に建て替えられた。
昭和37年頃撮影。


木更津駅ホーム1.jpg朝の木更津駅ホーム。
昭和40年台撮影。


木更津駅ホーム2.jpg木更津駅の2番線に停まっている千葉駅普通電車。
昭和52年撮影。


木更津転車台1.jpg木更津駅構内にあった転車台。
電化される前だから蒸気機関車が入っている。
私は転車台は見ていない。
昭和40年台撮影。


木更津転車台2.jpg木更津駅構内の転車台で方向転換中の C58。
転車台には電気配線がなく4人の人力で回していた。
昭和43年撮影。


富津公園2.jpg富津公園。
現在もある食堂街から中の島展望台に向かる場所にアーケードが造られていた。
富津は青堀駅あたりから、バスで移動しなければならない。


まだ、自家用車が少ないころでしたから鉄道や船が中心だったのです。
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2019年12月23日

写真アルバム「木更津・君津・富津・袖ヶ浦の昭和」に出ていたフェリーボート

写真アルバムを木更津市図書館から借りて読んでいますけれど、「海とともに」も良いですね。
木更津地区は八幡製鐵君津製鉄所の恩恵が大きいですが、昔から海の仕事で成り立っていました。
江戸時代から江戸に木更津船が走っていて、お富・富三郎の「与話情浮名横櫛(世は情け浮名の横櫛)」の舞台にもなっていて、与三郎と蝙蝠安の墓も木更津市内にありますからね。
つまり木更津という街は、昔から港で繁栄をしていた街なのです。
木更津市から袖ヶ浦市の海岸では海苔の養殖も盛んでした。

木更津のり1.jpg木更津市金田の海苔の養殖。
この海苔を採って天日干しにする。
今でも海苔は採れるけれど、少なくなっている。


今は、東京湾アクアラインが出来ましたから、木更津から出ていたフェリーボートもなくなり、木更津駅西口の港口は廃墟のようになってしまいました。
木更津フェリーのことは前にも記事に書きましたけれど、今回の写真集にも出ていましたので追加をします。

木更津フェリー1.jpg木更津の日本カーフェリーのカーフェリー乗り場。
川崎行きと横浜行きがあった。
私は、川崎行きを多く利用した。


木更津フェリー2.jpg川崎行き乗船券売り場。
今度の川崎行きは 9時50分と出ている。
今も同じだけれど、乗る車の車検証を見せて車の車長によって、料金を支払う。


木更津フェリー3.jpgこれは、横浜港との間を走っていた「よこはま丸」。
横浜航路は 昭和47年に廃止された。
写真は 昭和40年頃の撮影。


木更津フェリー4.jpg川崎港に向かうフェリー上から見た木更津港。
30分に1便、1日 58便が行き来した。
昭和43年撮影。


木更津港1.jpgフェリー上から撮影をした木更津港。
昭和42年撮影。


フェリーボートが就航していた当時は、木更津駅港口はにぎやかでした。
今は、東京湾アクアラインがあって数分で渡ることが出来ますけれど、少し惜しいですね。
posted by ogu at 18:00| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2019年12月14日

写真アルバム「木更津・君津・富津・袖ヶ浦の昭和」はなかなか良い

昨年、書店に「木更津・君津・富津・袖ヶ浦の昭和」という写真アルバムが売りだされて、買いたいと思ってはいたのですが、価格が 9,250円+税という高価なものでしたので買うのを諦めました。
今回、木更津図書館に会員登録をしましたから本があるかを調べたところ、置いてありました。
持ち出し禁止の部屋にもありましたけれど、借りだし可のアルバムがありましたから予約をしました。
予約をした日に借りたようで 2週間待ちましたけれど、無事借りることが出来ました。

20191206 写真アルバム.jpg木更津図書館から借りてきた写真アルバム「木更津・君津・富津・袖ヶ浦の昭和」。
掲載されている写真はぼけていてひどいものもあるが、昭和の遺産として大切なもの。
表紙には、今はほとんど廃墟のようになっているかつての木更津駅西口 本町通りの七夕の飾りの中を女性4名があるいているところ。
木更津芸者かと思ったけれど、一般の女性の様だ。


写真アルバムですから沢山の写真にコメントが書かれているもので、写真は個人のものも多く、技術的に褒められるものではありませんでしたけれど、貴重な写真が多く入っていて気に入りました。
写真アルバムも 8つのタイトルに分かれています。

1.戦前の風景と人々ー観光地として発展
2.銃後の暮らしー「欲しがりません勝つまでは」
3.敗戦から高度成長へー民主化と所得倍増
   長浦の干拓
4.戦後の暮らしー豊かさを求めて 
   コラム 海とともに
   漁業の変遷
5.変貌する風景ー日本工業の一大基地
   君津製鉄所
6.交通の発展ー内房線と久留里線の延伸 
   船で渡る東京湾
7.祭りと年中行事ー四季の彩り
   コラム 木更津港まつり
8.戦後教育のあゆみー義務教育6・3制
   元気な子どもたち

昭和時代をまとめたものですから、当然のことですけれど、太平洋戦争での徴用な町の人たちの暮らしなどの写真も出ていますけれど、私の見たい写真ではありませんからこれらについてがノーコメントです。
また、当時の子供たちの写真にも触れませんから第三章から第七章あたりは面白かったですね。
私が、仕事で八幡製鐵君津製作所に赴任したころの写真もあるからです。

先ずは 八幡製鐵君津製鉄所。
木更津市は八幡製鐵君津製鉄所が出来たことや、当時の国鉄、フェリーなどでにぎわったのです。
私も八幡製鐵君津製鉄所が出来なければ、木更津市には来なかったでしょう。

八幡製鐵君津1.jpg八幡製鐵君津製鉄所(現 日本製鉄君津製鉄所)。
我々の会社ではプロジェクトとして YK と呼んでいた。
アルバムの写真はこれ一枚だけでが、高炉が出来る前なのでまだ構内も空いていた。
構内の移動には専属の元タクシー運転手を契約していた。
大量の SE,CE などが家を借りて移り住んだ。
3交代制なので、家にはまだクーラーもないので 夏の暑い日には会社でホテルを2か所借りた。
(木更津温泉ホテルと巌根旅館)


私たちの大半は木更津市巌根に住んでいましたが八幡製鐵君津製鉄所の人たちは君津市八重原に寮を作って住んでいました。
八重原の寮の近くはかなり整備されていますし国道 127号線も4車線に拡幅されました。

八重原交差点2.jpg昭和53年頃の八重原交差点。
まだ工事のトラックが列を作って移動していた。


八重原交差点1.jpg昭和58年頃の八重原交差点。
周りの商店は増え始めているが、まだ道路工事は続いていた。


八重原交差点3.jpg国道127号線を片道2車線に拡幅中。
とにかく八幡製鐵君津製鉄所のために広げている。
昭和58年2月頃の八重原。


八重原.jpg昭和50年頃の八重原交差点。
すでに拡幅工事は始まっていた。


八幡製鐵君津製鉄所は三交代ですから仕事を終わった工員さんなどが朝から酒を飲んでいて木更津市の昼酒はこのころに始まったのでしょうね。
この写真集は写真の質は別にして、面白いですから、これからも紹介をします。

posted by ogu at 22:13| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2019年12月07日

木更津図書館に予約をしておいた写真集がやっと返却されたので借りてきた

木更津図書館に行って予約をしておいた写真集がやっと返却をされたので 12月5日(木)に借りに行きました。
この写真集は、「木更津・君津・富津・袖ヶ浦の昭和」という写真アルバムで2018年12月に「いき出版」という会社から発売をされたものです。
発売当時、買いたかったのですが価格が 9,250円もするので、あきらめたのですが、一回限りの発売でした。
このような時に、公立の図書館は良いですね。
期待をして行ったのですが、やはり置いてありましたが、貸し出されたばかりで 2週間待っていたのです。

木更津図書館 利用状況 20191201.PNG借りたかった写真アルバムは貸し出されていた。
多分、当日、私より早い時間に借りたのだろう。
借用期間は 2週間で、予約がなければ延長が出来るが、私が予約をしたので最長 12月1日で図書館の人が整理をするので 12月2日か 3日には貸出可能になる。


私が図書館に申し込んだのが 11月18日ですから、12月1日で2週間になります。
ですから 12月2日には返却されて整理されていると思いましたが 12月3日は東京の三菱一号館美術館に絵を観に行きましたから 12月4日に 木更津図書館のウェブを見ました。

木更津図書館 利用状況 20191204.PNG12月4日の木更津図書館のウェブの利用状況参照の予約状況一覧。
「受取可」に変わっていた。
受取期限は 12月12日。


受取期限は 12月12日ですから 12月5日に受け取りに行きました。

20191206 写真アルバム.jpg写真アルバム。
「木更津・君津・富津・袖ヶ浦の昭和」
本町書店街を歩く芸者さんたちの画像が表紙になっている。


私も会社の赴任で最初に木更津市に住んだ頃は木更津駅西口の本町通りなどは、混んでいて町の中心でした。
今は、繁華街は東口の奥になっていて西口は殆ど廃墟のようになっています。
当時は警察署も西口の車の駐車違反をチェックするのが目的の様でしたが、今では閑散としています。
写真アルバムは私が木更津市に住んだ頃よりも古い時期のmぽのが多いですが、ゆっくりと見てみたいと思います。


posted by ogu at 18:35| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

2018年07月07日

孫用の絵本を買いにイオンモール木更津に行った

7月8日に二番目の孫のお食い初めで娘一家が木更津に来ますので、一番目の孫ように絵本を買ってやろうと思ってイオンモール木更津に行きました。
台風が日本に近づいていて 大雨になる可能性もありますから 暑かったけれど7月3日に行ったのです。
木更津市で本の数が揃っているのは、TSUTAYA書店とイオンモール木更津にある未来屋書店だけですから、未来屋書店に行きました。
まぁ、この2店のほかは本の数が少ないですからね。
未来屋書店は、ほとんどのイオンにありますけれど、イオンモール木更津の店は大きいのです。
場所は一番南側のサウスアトリウムの2階で、隣が シネマコンプレックスの USシネマ木更津 で、私も何回も行っています。

イオンモール木更津 2F.JPGイオンモール木更津のレイアウト。未来屋書店は、画像の左上 一番南側にある。
隣に USシネマがある。


未来屋書店2.JPG未来屋書店。
サウスコートにあるエスカレーターを上ったところにある。
未来屋書店は、ほとんどのイオンに入っているがほかのイオンよりも大きい。


未来屋書店1.JPG店の奥の方に「キッズ」と書かれたエリアがあるので行ってみた。
まだ 2歳で文字が読みないから絵本を探すのには結構苦労をした。


未来屋書店 本棚1.JPGキッズ コーナーの本。
見たい本はビニールで包装されていて中身が確認できなかった。
一応 2冊購入をした。


小さい子の本を買うのも難しいものですが ドリルを合わせて 2冊購入をしました。
7月8日の「お食い初め」は次男のためのイベントですが、本があれば、長男も喜ぶでしょう。
本棚のあちらこちらに未来屋書店のサイトの QRコードが出ていてポイント制になっていましたからスマートフォンで読み取りましたけれど未来屋書店のサーバーが起動をしませんでした。
後で家に帰ってから確認をすると簡単にサーバーが起動をしましたから Wifi が弱かったのでしょう。

未来屋書店会員証 20180703.JPG未来屋書店会員証。
未来屋にいたときにはサーバーにつながらなかったが、家に帰ってから QRコードの履歴から接続をして会員登録をした。
スマートフォンからだとカードが増えないのが良い。


イオン エスカレーター1.JPG未来屋書店の隣のシネマコンプレックス USシネマ。
同じエスカレーターで上る。
今は、ハンソロなどを上映していた。


この後、せっかくイオンに行ったのですから買い物をして帰りました。
posted by ogu at 15:50| Comment(0) | | 更新情報をチェックする

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