2018年03月18日

大多喜城(千葉県立中央博物館大多喜城分館)

上総中野駅から、大多喜町の大多喜城に行きました。
今までに、大多喜には何度も行っていますが大多喜城は初めてです。
今では千葉県立中央博物館の 大多喜城分館になっています。
本田忠勝の城ということは知っていましたけれど、見るのは初めてでした。
上総中野駅からの距離は 7km 強というところですし時間は 15時を回ったばかりですから、行ってみたのです。

大多喜城駐車場1.JPG大多喜城 駐車場。
大多喜城までの坂の下にあるので結構坂道を歩く。
駐車場の入り口に観光物産センター、食事処、土産物、トイレなどがある。


大多喜城 駐車場から大多喜城へ1.JPG大多喜城までの坂道。
結構、急できつい。
大きな犬を散歩させているグループがいた。


駐車場から大多喜城までは 350m ほどですが、かなり急な坂道で、途中に空堀跡や二の丸公園がありました。

大多喜城1.JPG大多喜城。3層4階の天守閣を持つ。
明治3年12月に城は取り壊され、その後本丸も削平され、その後、昭和41年(1966年)に本丸跡は千葉県の史跡に指定された。


この建物は 昭和50年(1975年)に城跡に天保6年(1835年)の図面を基にして天守が再建されて、内部には千葉県立総南博物館(現在の千葉県立中央博物館大多喜城分館)が設置されました。
入口に研修館があって鎧兜が展示されていました。

鎧兜1.JPG研修館に展示されていた鎧兜。
武田信玄、徳川家康、井伊直政、真田幸村、本田忠勝、山中鹿之助 と書かれていたが間違いなく複製だろう。


ここは撮影が可能ですが天守の中(県立中央博物館大喜多城分館)は撮影禁止でした。
ウェブでもよく見る本田忠勝の像(複製)がありましたし、刀や長刀等が展示されていました。
大多喜城の天守絵図が 2つあったり、本丸は明治時代に削られたために石垣の痕跡はそもそも見つからないなどわからないことが多く、この城の再建天守の評価が書籍によって「復元」「復興」「模擬」と分かれているそうです。

大多喜城パンフレット2.JPG大多喜城のパンフレットから。
見慣れた、そして複製の像が展示されていた本田忠勝像もパンフレットに載っている。


撮影はできませんからもらってきたパンフレットの写真を掲載します。
今は、フラッシュを焚かなくてもきれいな画像が撮れる時代ですから、博物館も撮影の許可を出しても良いんですけれど、頭が固いからダメでしょうね。

大多喜城 駐車場2.JPG博物館を出て駐車場に着いた頃は 16:00 を過ぎていたので駐車場も空いていた。


せっかく大多喜に来たのですから、津知屋で十万石最中を買って帰りました。
posted by ogu at 15:00| Comment(0) | 大多喜町 | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

小湊鐡道といすみ鉄道の終点の駅

3月11日に小湊鐡道といすみ鉄道の終点の上総中野駅に行きました。
上総中野駅は、小湊鐡道が造った駅ですが、国鉄木原線もこの駅を使いました。
しかし 1987年に国鉄分割民営化によって JR木原線になり翌年にいすみ鉄道いすみ線になりました。
この時に無人駅になったのです。
小湊鐡道の駅は市原市がほとんどですが、上総中野駅だけが、夷隅郡大多喜町にあります。
養老渓谷駅から上総中野駅に移動をするときに小湊鐡道の踏切を小湊鐡道の列車が通りました。

小湊鐡道五井行1.JPG県道ぎ81号線 小湊鐡道の養老渓谷駅から上総中野駅に向かう途中の踏切で。
上総中野駅発 14:04 の五井行きの列車。
これで上総中野駅発の列車は 16:25 まではない。
この踏切を通過するのは 16:32 頃だろう。


上総中野駅1.JPG上総中野駅。
小湊鐡道といすみ鉄道の車両はこの駅で接続をする。
ホームはそれぞれ別で、相互乗りれはしていない。
駅舎の左にあるのが公衆トイレ。


この上総中野駅は、五井からの小湊鐡道と大原からのいすみ鉄道の終点になります。
小湊鐡道は、上総牛久駅や隣の養老渓谷駅で折り返す車両が多く駅に入る車両も少ないので、上総中野駅からの乗員は少ないです。

上総中野駅 小湊鐡道ホーム1.JPG上総中野駅の小湊鐡道のホーム。
駅舎側のホーム。


上総中野駅 いすみ鉄道ホーム2.JPG上総中野駅のいすみ鉄道用のホーム。
右に見える線路は、小湊鐡道の線路につながっているが、普段は使用していない。


小湊鐡道はJR内房線の五井方面が上りですが、いすみ鉄道はJR外房線の大原方面が上りです。

いすみ鉄道時刻表1.JPG駅舎の中に貼ってあったいすみ鉄道の時刻表。
大原行きが上り。
同じ駅舎に貼ってあった小湊鐡道の時刻表は五井行きが上りだったから、どちらも、この上総中野駅が下りの終点駅。


小湊鐡道時刻表.JPG小湊鐡道の時刻表。
上総牛久駅や、隣の養老渓谷駅での折り返しが多いため上総中野駅には 2~3時間に 1本程度しか入ってこない。


小湊鐡道の車両は 2~3時間に 1本くらいしか運航をしていないためもあるでしょうが、観光バスとのタイアップをしているようです。
上総中野駅の駅前広場に観光バスが 1台入ってきました。

観光バス at 上総中野駅.JPG上総中野駅の駅前広場に入ってくる観光バス。
上総中野駅で乗車をするコースでいすみ鉄道とタイアップをしているのだろう。


ここで いすみ鉄道に乗り換えてどこかの駅(多分 大多喜駅か大原駅あたり)で待ち受けるのでしょう。
観光バスの乗員全員が旗を持ったツアーのガイドに案内をされて下ろしたあと、観光バスはすぐに発車をしました。

ツアー客1.JPG観光バスから降りたツアー客は いすみ鉄道の車両が入ってくるのを待っている。
比較的に年配の人が多い。


いすみ鉄道車両1.JPGツアーのお客は、上総中野駅に入ってくる いすみ鉄道のムーミン列車を撮影していたから、ツアーの目玉でもあるのだろう。


入ってきた列車にも他のツアーのお客が乗っていました。
いすみ鉄道にとってもありがたいツアーですね。
posted by ogu at 14:00| Comment(0) | 大多喜町 | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

大多喜で十万石最中を買ってきた

千葉の紅葉は11月末から12月初めころですから、亀山湖の紅葉を見に行きました。
いつもの通り久留里に水を汲みに行ったので、ついでに亀山湖にも行ったのですがまだでしたね。
ついでに、大多喜まで廻りました。
大多喜という街は本多忠勝の大多喜城の城下町でしっとりとした良い街で、私は気に入っていますのでたまに行っています。
今は圏央道も開通をしましたから、遠くないのです。
連れ合いは、義妹の家に行っていましたので土産に 大多喜の銘菓、御菓子司津知屋で「十万石最中」を買って帰りました。

津知家6.JPG大多喜の津知家 正門。
店の横の壁は取られて駐車場になっている。


津知家4.JPG津知家の駐車場側の入口。
のれんに「御菓子司 津知家」と誇らしく書かれている。


津知家 店内.JPG津知家の店内。
和菓子屋だから看板の「最中十万石」以外にもお菓子が並べられている。


最中1.JPG津知家の店内。
「最中十万石」は、一画を占めている。
やはり店の看板菓子だ。


店の名前に「御菓子司 津知家」と書かれているようにかつては白砂糖を使うことが出来る「司」がついていて、最中十万石のつぶし餡にたっぷりと白砂糖が使われているのも分かります。

十万石最中2.JPG津知家の最中十万石。
今回は、家と義妹用に 6個詰めを2檻買った。


十万石最中6.JPG最中十万石の内包装を取ったところ。
たっぷりとつぶし餡が詰まっている。


私は和菓子屋の息子ですから亡くなった父が見たら感心をするでしょうね。
菓子職人だった父は「とらや」の餡しか良い品だとは認めていませんでしたが、この餡だったら認めたでしょう。
まさに大多喜の銘菓と言って良いでしょう。
しかし徳川家康の四天王と言われた井伊直政が 十二万石、本多忠勝と榊原康政が十万石、酒井忠次は引退をして代が変わりましたが三万七千石という低い待遇でした。
一応禄高が低い理由もあるのですが、譜代とはいえ徳川家康もケチでしたね。
posted by ogu at 15:09| Comment(0) | 大多喜町 | 更新情報をチェックする

2017年04月05日

大多喜の津知屋の十万石最中

3月30日に上総中野駅に寄ってから大多喜の街に移動をしました。
上総中野から大多喜に行く道路は、カーナビで設定をして行ったのですが、わずか 3.7km でした。
大多喜の街はほとんどが一方通行の細い道ですが、行きたいと思っていた菓子屋の「津知屋」の前に出ましたからそのまま駐車場に駐車をしました。

津知屋1.JPG御菓子司 津知屋。
落ち着いた古い店で大多喜の街にも合っていていい感じだ。
大多喜には和菓子の店がいくつかあるが、この店の最中 十万石が一番良い。


最初は大多喜町の町営駐車場に停めて散策がてら行ってみようと思っていた店ですから思いもよらず良かったです。
なぜ最中(もなか)の名前が十万石かと言うと、大多喜城主だった本多忠勝が徳川家康から十万石を与えられて大多喜藩を立藩したからです。

本多忠勝1.jpg本多忠勝。
徳川三傑の一人。
徳川家康から十万石を与えられ大多喜藩を立藩した。
酒井忠次を含めて徳川四天王とも言われるが、酒井忠次は1588年に既に隠居して、後継の酒井家次が下総臼井藩を立藩しているが、わずか3万7000石という低い待遇だった。
大多喜に立藩をしたのは、北条系の安房国の里見氏対応のためらしいが国人(土地の侍)対応だったという説もあるようだ。


最中 十万石1.JPG知多屋の最中「十万石」。
上総大多喜城 最中 十万石 と書かれている。
餡もたっぷり入っていて美味しい。
十万石という名前の最中はほかにも売っている店があるが、この知多屋の最中が一番美味しいという定評がある。


本多忠勝は徳川三傑の一人で、後の二人が高崎十二万石の井伊直政、館林十万石の榊原康政です。
徳川家康はあまり大きな報奨を与えていませんから最高に近い報奨でしょう。
いずれにしても関ケ原前後の時期の重要な武将で江戸幕府の基礎固めの時に功績があった人ですね。

津知屋 店内1.JPG知多屋の店内。
最中 十万石を主体に多くの菓子を売っている。


知多屋 店内2.JPG車で買いに来る人が多いが、ほとんどの人が最中を買っている。
大多喜には古い重要文化財の家も多いが、この知多屋も風格がある店構えだ。


知多屋駐車場1.JPG知多屋の駐車場から。
駐車場は 5~5台は楽に停めることが出来る。
駐車場の角に大多喜の街内の案内表示がある。
一方通行の道が多いのでガイドがあるのはありがたい。


大多喜の街は旧城下町で細い道が多いので一方通行のところが多いですが、この知多屋は、比較的に広い道の角にあって駐車もし易い場所でした。
posted by ogu at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 大多喜町 | 更新情報をチェックする

2017年04月04日

上総中野駅

3月30日に養老渓谷の石神のなの花畑を見て、養老渓谷駅に寄ってから上総中野駅に行きました。

上総中野駅1.JPG上総中野駅。
小湊鐡道といすみ鉄道がそれぞれ単式ホーム1面1線を持っている。
相互の鉄道の連絡駅。


この上総中野駅は、小湊鐡道といすみ鉄道の二つの鉄道の連絡駅です。
小湊鐡道は、市原市に駅がありますけれど、この上総中野駅だけが大多喜町にあります。
最初は1923年(昭和3年)に小湊鐡道の駅として開業をしましたが、1934年(昭和9年)に国鉄木原線が開業しました。
1988年(昭和63年)にJR木原線がいすみ鉄道に譲渡をされて、上総中野駅は無人駅になりました。
両方の鉄道のダイヤを見ると小湊鐡道の五井駅が始点で上総中野駅が終点、いすみ鉄道は大原駅が始点で上総中野駅が終点になっていて、それぞれ五井駅、大原駅が上りです。
つまり上総中野駅はいずれも下りの終点になっているのです。

上総中野 乗り換え線1.JPG上総中野駅の乗り換え通路。
丁度、いすみ鉄道の大原行きが出たところ。
写真の左側が駅舎、小湊鐡道のホーム。
右側がいすみ鉄道のホーム。


各鉄道の本線はこの駅でそれぞれ車止めなっていて相互接続はされていませんが駅舎と反対側にある側線で接続はされています。
小湊鉄道といすみ鉄道の相互乗り入れは前から提案されているようですが、設備投資の問題などから、2社とも(特に小湊鉄道側が)消極的で実現していません。
小湊鐡道も、内房線の五井駅ー外房線の安房小湊駅を結ぼうとする案も持っていましたし、JR木原線(木更津ー大原)は、上総亀山駅で久留里線に繋ごうとしていましたが、両方とも経営がきついですからよほど観光収入がない限り実現は無理でしょうね。

小湊鐡道ホーム1.JPG上総中野の駅舎と小湊鐡道のホーム。


いすみ鉄道 ムーミン列車1.JPG上総中野駅 いすみ鉄道のホーム。
丁度、いすみ鉄道の「ムーミン列車」が停車をしていました。
写真は「いすみ350型(いすみ351)」といすみ302 が連結されていました。


ムーミン列車はいすみ鉄道がムーミンの画像をラッピングしている所領ですが、なの花色の車体と合っていてなかなか良いです。
いすみ351の車体は国鉄のキハ20系気動車の復刻版です。
ムーミン列車は全部で 6両ありますが、いすみ351 は、2013年2月1日から営業開始をされた いすみ鉄道としては最新型です。

上総中野トイレ1.JPG上総中野駅の横にある公衆トイレ。
竹筒型で結構有名だ。
上総中野駅舎にはトイレはない。


上総中野駅は有人時代は 1989年辺りまで木造の駅舎があって、小湊鉄道の社員が常駐していて、小湊側だけでなく国鉄側の駅業務も行っていました。
今の駅舎は 1989年(昭和元年)に建てられたものですが 2013年10月の台風26号の影響で 2014年2月まで、小湊鐡道が不通で代行のバス輸送をしていました。
posted by ogu at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 大多喜町 | 更新情報をチェックする

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