10月6日に上野の国立西洋美術館で開催をしている「ロンドンナショナルギャラリー展」が 18日まででしたので、行きました。
ロンドンナショナルギャラリー展は撮影禁止ですが常設展はフラッシュを使わなければ撮影可能です。
西洋美術館所有の作品は撮影が出来るのです。
昔は 入場券を買わないと、庭にも入れませんでしたし撮影禁止だったのですから、素晴らしい時代になったものです。

国立西洋美術館の前庭への入口。
昔は、閉め切られていて入場券を購入しないと庭にも入ることが出来なかった。
私も 1964年のミロのビーナス展の時には何時間も美術館の外の列に並んだ。
前庭にはロダンのブロンズ像などが飾られている。

ロダンの「カレーの市民」。
今は、耐震構造で像は高い台座に置かれている。
昔はロダンの意図通り地面に置かれていたと思う。

この写真に見えるブロンズ像はすべてロダン作。
ダンテの「地獄の門」の両側に「アダム」と「エバ」。
地獄の門は 7つ造られたが、これは松方幸次郎注文のブロンズ像。

これだけはロダンではなくブールデル作の「弓をひくヘラクレス」。

ロダンの「考える人」。
ダンテの「神曲」をもとに「地獄の門」の頂上で思案にふけるダンテから独立して造られたブロンズ像。
さて西洋美術館の館内に入り「ロンドンナショナルギャラリー展」を観てから「常設展」を観ました。

国立西洋美術館の常設館は彫刻の部屋から入る。
ロダンの「青銅時代」のブロンズ像も展示されている。
1964年のミロのビーナス展の時には、この部屋に「ミロのビーナス像」が飾られていて、長い間観ていた。
ここから坂を上ると松方コレクションの作品が並んでいる。
絵画は、何回も観ていますが良いですね。
ルノアール、マネ、モネ、ゴッホ、ゴーガン、セザンヌ、ピサロなどの作品を堪能しました。
観たかったクールベの「波」がありませんでしたが多分貸し出しているのでしょう。
クールベの作品は3点ありました。

クールべ「眠れる裸婦」1858年 油彩/カンヴァス。
写実派の画家ではあるが、技法は革新的ではなかった。

クールベ「罠にかかった狐」1860年 油彩/カンヴァス。
クールベは19世紀のフランス絵画史の中で最も傑出した反逆児の一人。
堅実な技法で風景や狩猟の光景を描いて、次第に広く人気を博するようになった。
パリ・コミューンに参加し、スイスに亡命をしてその地で58歳で亡くなった。

クールベ「狩猟者のいる風景」1873年 油彩/カンヴァス。
パリ・コミューンに関わって投獄されたクールベが、スイス亡命直前に故郷オルナンを描いたもの。
陽光を受けた岩山を背景に、2匹の愛らしい鹿とこれを物陰で窺う漁師との間の緊張感が、自然描写と一体となって描かれている。
残念ながら「波」は展示されていませんでした。
写真は 2017年4月4日に国立西洋美術館の常設展に行ったときに撮影をしたものです。

クールベ「波」1870年頃 油彩/カンヴァス。
クールべは 1860年代後半から、この雄大なモチーフに本格的に取り組むようになった。
ノルマンディー地方、エトルタの嵐の海を描いた本作は、1870年ごろに制作された。
画面からは物語要素が一切排され、峻厳な自然の実相が客観的に捉えられている。
今回はクールベの「波」は展示されていませんでしたが、他の絵も素晴らしかったです。
1964年以来好きなピサロの「立ち話」やシニャックの「サン=トロぺの港」もありました。

カミーユ・ピサロ「立ち話」1881年頃 油彩/カンヴァス。
全8回の印象派展にすべて参加した唯一のメンバーで、印象派の画家のなかで最年長だった。
1880年代初頭、当時ポントワーズを制作拠点としていたピサロが手がけた本作は、1882年の第7回印象派展に出品された。
何気ない農村の日常のひとこまが切り取られていて、バルビゾン派のミレーが描いた労働にいそしむ農民たちの威厳に満ちた姿とは違う、新しい農村のイメージを作り出している。

ポール・シニャック「サン=トロぺの港」1901~02年 油彩/カンヴァス。
同じ 新印象主義のスーラの死により衝撃を受け、その翌年の1892年、ヨットによる地中海巡航の旅に出た。
その途中で、まだ小さな漁港のサン=トロペを発見し、以後10年ほどは、こことパリを往復しつつ制作を行なう。
サン=トロペ港の全景を描いたこの作品は、様式の変化を端的に示すことによって、新印象主義からの脱却とフォーヴィスム誕生の準備という、世紀の変わり目の業績を代表する作品。
他にも好きな絵はありましたが、普段あまり見かけなくて私が好きな作品について書きました。