2023年01月29日

上野に行って 1泊した

1月20日に、木更津から高速バスに乗って、東京駅八重洲に行き、東京メトロの京橋駅から上野駅に行きました。
目的は、上野の森美術館で開催されている「兵馬俑と古代中国展」を観るためです。
いつもは、国立西美術館か東京都美術館に行くことが多いのですけれど、1987年に中国で3週間ほど仕事をしたこともあって懐かしさもあるのです。
その頃は、まだデジタルカメラもなくて、フィルムを鉛のケースに入れて持っていきました。

中国034-1.jpg1987年9月20日の万里の長城。
その頃は、デジタルカメラも無かったから、小型のフィルムカメラで撮影をした。
ここは八達嶺という明代に造られた万里の長城の一部で北京から 80km 位の場所にある。


東京ミッドタウン八重洲の地下2階で高速バスを降りて、京橋のエドグラン地下1階にある東京メトロ銀座線の京橋駅で地下鉄に乗って、上野駅に着きました。
今回の宿は、上野駅に近い三井ガーデンホテルですので先に荷物を預けてから、上野の森美術館に行きました。

上野 0120 (3).jpg久しぶりに見る JR上野駅 中央口。
昔ながらの景色だけれど、今はベデスロリーデッキもあって大分見た目も変わっている。
水戸で仕事をしていた頃は、ここで常磐線に乗り換える前に駅前のおもちゃ屋で娘に土産を買った。


兵馬俑については別の記事に書きますけれど、美術展を観終わってから、上野駅のエキナカで昼食を取りました。

上野駅公園口 (1).jpg上野の森美術館から出ると、上野駅は公園口が近い。
少し前までは「上野公園通り」があって、文化会館の前に信号機があったけれど今は公園広場になっていて道路を渡らなくても良くなった。


上野駅公園口 (3).jpg上野公園通りは、公園口で区切られていて、駐車場入り口がある。


上野駅公園口 (2).jpg上野駅公園口の前にある「東京文化会館」。
少し前までは、上野駅との間に信号機があって「横断歩道」になっていた。


この日は、公園口から上野駅に入って、エキナカの「まぐろ一代」で食事をしたわけです。
まずは、ビールと「魚河岸 11貫」というセットを取り、そのあとで「うに」と「えんがわ」を食べて満足をしました。

まぐろ一代.jpg「まぐろ一代」上野駅エキュート店。
上野駅のエキナカにある店で、ネタも良く結構美味しい。


まぐろ一代 (2).jpg「魚河岸 11貫」。


まぐろ一代 (4).jpg「うに」と「エンガワ」。
なかなか良い。


15:00頃に店を出て、上野駅内を散策してからホテルに戻り、チェックインをしました。
全国旅行支援キャンペーン中でしたので、コロナワクチン接種照証明が必要でしたけれど、ホテル料金も 5,000円安く、クーポンも 2,000円つきました。
クーポンは翌日の東京駅で使用をしました。
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2020年10月20日

国立西洋美術館の常設展にクールベの波を観なかった

10月6日に上野の国立西洋美術館で開催をしている「ロンドンナショナルギャラリー展」が 18日まででしたので、行きました。
ロンドンナショナルギャラリー展は撮影禁止ですが常設展はフラッシュを使わなければ撮影可能です。
西洋美術館所有の作品は撮影が出来るのです。
昔は 入場券を買わないと、庭にも入れませんでしたし撮影禁止だったのですから、素晴らしい時代になったものです。

1006 西洋美術館前庭 (1).jpg国立西洋美術館の前庭への入口。
昔は、閉め切られていて入場券を購入しないと庭にも入ることが出来なかった。
私も 1964年のミロのビーナス展の時には何時間も美術館の外の列に並んだ。
前庭にはロダンのブロンズ像などが飾られている。


1006 西洋美術館前庭 (2).jpgロダンの「カレーの市民」。
今は、耐震構造で像は高い台座に置かれている。
昔はロダンの意図通り地面に置かれていたと思う。


1006 西洋美術館前庭 (3).jpgこの写真に見えるブロンズ像はすべてロダン作。
ダンテの「地獄の門」の両側に「アダム」と「エバ」。
地獄の門は 7つ造られたが、これは松方幸次郎注文のブロンズ像。


1006 西洋美術館前庭 (4).jpgこれだけはロダンではなくブールデル作の「弓をひくヘラクレス」。


1006 西洋美術館前庭 (5).jpgロダンの「考える人」。
ダンテの「神曲」をもとに「地獄の門」の頂上で思案にふけるダンテから独立して造られたブロンズ像。


さて西洋美術館の館内に入り「ロンドンナショナルギャラリー展」を観てから「常設展」を観ました。

1006 西洋美術館彫刻 (6).jpg国立西洋美術館の常設館は彫刻の部屋から入る。
ロダンの「青銅時代」のブロンズ像も展示されている。
1964年のミロのビーナス展の時には、この部屋に「ミロのビーナス像」が飾られていて、長い間観ていた。
ここから坂を上ると松方コレクションの作品が並んでいる。


絵画は、何回も観ていますが良いですね。
ルノアール、マネ、モネ、ゴッホ、ゴーガン、セザンヌ、ピサロなどの作品を堪能しました。
観たかったクールベの「波」がありませんでしたが多分貸し出しているのでしょう。
クールベの作品は3点ありました。

1006 クールベ (1).jpgクールべ「眠れる裸婦」1858年 油彩/カンヴァス。
写実派の画家ではあるが、技法は革新的ではなかった。


1006 クールベ (2).jpgクールベ「罠にかかった狐」1860年 油彩/カンヴァス。
クールベは19世紀のフランス絵画史の中で最も傑出した反逆児の一人。
堅実な技法で風景や狩猟の光景を描いて、次第に広く人気を博するようになった。
パリ・コミューンに参加し、スイスに亡命をしてその地で58歳で亡くなった。


1006 クールベ (3).jpgクールベ「狩猟者のいる風景」1873年 油彩/カンヴァス。
パリ・コミューンに関わって投獄されたクールベが、スイス亡命直前に故郷オルナンを描いたもの。
陽光を受けた岩山を背景に、2匹の愛らしい鹿とこれを物陰で窺う漁師との間の緊張感が、自然描写と一体となって描かれている。


残念ながら「波」は展示されていませんでした。
写真は 2017年4月4日に国立西洋美術館の常設展に行ったときに撮影をしたものです。

20170404 クールベ.jpgクールベ「波」1870年頃 油彩/カンヴァス。
クールべは 1860年代後半から、この雄大なモチーフに本格的に取り組むようになった。
ノルマンディー地方、エトルタの嵐の海を描いた本作は、1870年ごろに制作された。
画面からは物語要素が一切排され、峻厳な自然の実相が客観的に捉えられている。


今回はクールベの「波」は展示されていませんでしたが、他の絵も素晴らしかったです。
1964年以来好きなピサロの「立ち話」やシニャックの「サン=トロぺの港」もありました。

1006 西洋美術館常設展 (37).jpgカミーユ・ピサロ「立ち話」1881年頃 油彩/カンヴァス。
全8回の印象派展にすべて参加した唯一のメンバーで、印象派の画家のなかで最年長だった。
1880年代初頭、当時ポントワーズを制作拠点としていたピサロが手がけた本作は、1882年の第7回印象派展に出品された。
何気ない農村の日常のひとこまが切り取られていて、バルビゾン派のミレーが描いた労働にいそしむ農民たちの威厳に満ちた姿とは違う、新しい農村のイメージを作り出している。


1006 西洋美術館常設展 (35).jpgポール・シニャック「サン=トロぺの港」1901~02年 油彩/カンヴァス。
同じ 新印象主義のスーラの死により衝撃を受け、その翌年の1892年、ヨットによる地中海巡航の旅に出た。
その途中で、まだ小さな漁港のサン=トロペを発見し、以後10年ほどは、こことパリを往復しつつ制作を行なう。
サン=トロペ港の全景を描いたこの作品は、様式の変化を端的に示すことによって、新印象主義からの脱却とフォーヴィスム誕生の準備という、世紀の変わり目の業績を代表する作品。


他にも好きな絵はありましたが、普段あまり見かけなくて私が好きな作品について書きました。





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2020年10月15日

旧岩崎邸庭園ー庭園と撞球室

10月7日に上野池之端にある旧岩崎邸庭園を散策しました。
三菱財閥初代の岩崎弥太郎が購入をし、三代目の岩崎久弥がジョサイヤ・コンドルの設計で建てたもので、、1896年(明治29年)に竣工しました。17世紀頃のイギリスの様式を基調としています。
和館も同時期に施工をされた書院造りを基調とした建物です。
思っていたよりも訪れる人が多く驚きました。

1007 旧岩崎庭園 (78).jpg庭園から見た和館。
敷石の大きさがすごい。


1007 旧岩崎庭園 (81).jpg南側から見た洋館。
べランドが一面に広がっている。


1007 旧岩崎庭園 (82).jpg和館と洋館。
国の重要文化財に指定されていなければ残っていない。


1007 旧岩崎庭園 (83).jpg庭園の雪見灯篭。
とにかく大きい。
庭を照らしていたのだろう。


1007 旧岩崎庭園 (91).jpg撞球室。
ビリヤードで遊ぶためだけに造られた建物で洋館と地下道でつながっている。


1007 旧岩崎庭園 (94).jpg雪見灯篭の横に庭園の小道があるので入ってみた。
きれいに通路が整備されており、灯篭も多く設置されたいた。


1007 旧岩崎庭園 (100).jpg庭園はかなり削られているが、南側から見下ろすと入口が見えた。
これから庭園を見学する人たちが歩いている。


1007 旧岩崎庭園 (101).jpg裏の小道を行くと撞球室のそばに出る。


1007 旧岩崎庭園 (102).jpg洋館の東側。
2階のサンルームが見える。


1007 旧岩崎庭園 (103).jpg撞球室は、木造ゴシック様式で、校倉造の外観はスイスの山小屋風。
洋館と同じくジョサイア・コンドルの設計。
内壁には明治期の金唐革紙がはられているらしいが、外観しか公開されていない。


1007 旧岩崎庭園 (104).jpgこちらがビリヤード台が置かれていた部屋らしい。
しっかりした造りだ。


1007 旧岩崎庭園 (105).jpg撞球室の内部は公開されていないけれど絨毯張りの豪華な室内が少しだけ見える。
ビリヤード台は見えなかった。


1007 旧岩崎庭園 (106).jpg撞球室の階段。
ここから洋館の地下道に入ることが出来る。


1007 旧岩崎庭園 (108).jpg西側の洋館側から見た撞球室。
校倉造の壁が良くわかる。


1007 旧岩崎庭園 (109).jpg一回りして洋館北側に出る。
ここまでで約 1時間半かかった。


1007 旧岩崎庭園 (110).jpg受付の建物。
ロッカー(使うときに 100円必要だが戻るロッカー)に前日に購入をしたロンドンナショナルギャラリー展の図禄などを入れていたので出して旧岩崎邸庭園を出る坂を下った。


1007 旧岩崎庭園 (114).jpg旧岩崎邸庭園の出口で。
4人の見学者が出てきた。


旧岩崎邸庭園は、見学者も多くなかなか良いところでした。
ここから上野松坂屋を少し覗いてから御徒町駅に行き、東京駅に向かいました。
JR御徒町駅 南口から駅に入り 電車に乗ったのが 13;30頃でした。




posted by ogu at 18:10| Comment(0) | 上野 | 更新情報をチェックする

2020年10月14日

旧岩崎邸庭園ー洋館と和館

10月7日に上野の弁天堂、横山大観記念館を観てから旧岩崎邸庭園に行きました。
三菱財閥初代の岩崎弥太郎が購入をしたもので、今でも広い庭園が残っていますけれど、和館などは大部分が撤去をされて残っているのはごく一部だそうです。
和館大広間は重要文化財に指定されて残ってはいますが、かつての敷地は、西側の湯島合同庁舎、南側の湯島四郵便局や切通公園になっています。
洋館、和館、撞球室などの園内の歴史的建造物は、国の重要文化財に指定されています。
特に洋館などは 三菱財閥の三代目 岩崎久弥によって建てられ、1896年(明治29年)に竣工したものです。

1007 旧岩崎庭園 (2).jpg旧岩崎庭園の入口。
有料でこれより 180m くらい坂道を上ると受付がある。
身体障碍者手帳を持っていれば無料。


旧岩崎邸庭園は、不忍通りの一本裏の道路に面しているのですが、不忍通りに面している横山大観記念館よりも訪れる人が沢山いました。

1007 旧岩崎庭園 (4).jpg旧岩崎邸庭園の門を入ってから上り坂を180m くらい上る。
砂利の下には六本木の坂道についているような滑り止めがついていた。


1007 旧岩崎庭園 (5).jpg受付の前にロータリーがありそばの洋館から中に入る。


1007 旧岩崎庭園 (6).jpg受付のそばにトイレが造られていて、そばに国立近現代建築資料館があった。
写真の左奥に見えるのが資料館。
無料だけれど、旧岩崎邸庭園の中にあるので有料になる。
気にはなったけれど入らなかった。


1007 旧岩崎庭園 (7).jpg洋館。
ここで靴を脱いでポリ袋に入れてはだしで入る。
洋館につながる和館で庭園に出るからロッカーはない。


1007 旧岩崎庭園 (9).jpg洋館の入口には靴を脱ぐために人が並ぶので、コロナ禍のソーシャル・ディスタンスを守るために線が引かれている。


1007 旧岩崎庭園 (12).jpg洋館の一階。
豪華な造りで各部屋に暖炉があるしヒーターも入っている。
撞球室に塚がる地下道への入口もあるけれど公開はしていない。


ビデオも公開をしていたのですが、今はコロナ対策で中止になっていますから 階段で二階に上がりました。

1007 旧岩崎庭園 (16).jpg二階のベランダ。
広く庭園や和館も見下ろすことが出来る。


1007 旧岩崎庭園 (18).jpg二階のベランダから見る和館。
洋館と廊下でつながっている。


1007 旧岩崎庭園 (24).jpgマツダランプ。
天井裏から出てきたと説明分が出ていた。
早い時期から電球を使っていたようだ。


1007 旧岩崎庭園 (25).jpg二階のベランダは各部屋からアクセスが出来る。
三菱財閥も素晴らしい家に住んでいた。


1007 旧岩崎庭園 (34).jpg本棚。
1949年に GHQ に接収をされ諜報機関「キャノン機関」本部となっていたが、その時にもあった。
岩崎家は和館の一部に住んでいた。


1007 旧岩崎庭園 (36).jpg洋館の模型。
二階のサンルームに設置されていた。
写真の右側にあるのが撞球室。


1007 旧岩崎庭園 (37).jpgここにも暖炉。
当時、エアコンはなかったけれど暖房のための設備は沢山供えられたいた。


1007 旧岩崎庭園 (40).jpg女性室。
サンルームの隣にある。


1007 旧岩崎庭園 (44).jpgサンルームにあったヒーター。


1007 旧岩崎庭園 (52).jpg一階のベランダ。
外には降りられないようになっていた。


1007 旧岩崎庭園 (57).jpgこれは、洋館北口にあった。
和館に行くのに使った玄関だろう。


さて、ここから和館に入ります。
洋館と和館の間は畳敷きの渡り廊下になっています。
和館は大部分が取り壊されていて大広間、次の間、三の間、茶室、渡り廊下、トイレだけです。

1007 旧岩崎庭園 (58).jpg和館への渡り廊下には畳が敷かれている。
廊下の幅は 1.8m と広い。


1007 旧岩崎庭園 (59).jpg渡り廊下から見える庭。
ここにも日本庭園らしく石灯篭やししおどしが設置されている。


1007 旧岩崎庭園 (60).jpg渡り廊下から和館に入る場所に「和館お抹茶席 おしながき」が出ている。
旧岩崎邸庭園の唯一のコーヒーショップだ。
三菱が創始者のひとりの小岩井牧場の製品を使っている。


1007 旧岩崎庭園 (66).jpgお抹茶席の入口。
お土産物も小岩井農場関連のもの。
結構沢山の人たちがケーキセットなどを楽しみながら休憩をしていた。


1007 旧岩崎庭園 (64).jpg和館から。
石灯篭に落ち葉の雰囲気が良い。


1007 旧岩崎庭園 (67).jpg和館から見た洋館。
広い庭園も見える。


1007 旧岩崎庭園 (70).jpg和館の公開されている広間の床の間。
シンプルだけれど手が込んでいる。


1007 旧岩崎庭園 (74).jpg和館の南側の見学出口。
自分で持ち歩いていた靴をここで履いて庭園に出る。


1007 旧岩崎庭園 (75).jpg庭園から見た和館と洋館の一部。


とりあえず洋館の北側から入って、渡り廊下を通り和館の南側から出ました。
ざっと見て回っただけですけれど、時間は約 1時間かかりました。
後は、庭と撞球室ですね。
posted by ogu at 17:18| Comment(0) | 上野 | 更新情報をチェックする

2020年10月13日

横山大観記念館

10月7日に不忍池経由で池之端にある横山大観記念館に行きました。
ここは横山大観が住んでいた住居兼アトリエ、庭園を残したものです。
実際には 東京大空襲で焼失し、その後、昭和29年(1954)にほぼ同じ形で再建されたものです。
この 旧宅と庭園が、国の史跡及び名勝に指定されています。

1007 横山大観記念館 (1).jpg横山大観記念館の入口。
入口に石碑が建てられているけれど、簡単に入ることが出来る。


1007 横山大観記念館 (2).jpg門を入って左側は庭園の入口。
現在、工事中で赤いポールが置かれたいて侵入禁止になっていた。
部屋から見ると あまり大きな庭ではない。


1007 横山大観記念館 (8).jpg玄関から見て左側。
前庭には石灯篭などが置かれていた。
前庭も悪くないし、撮影は可。



1007 横山大観記念館 (5).jpg受付は玄関前にある。
行ったときは、担当員が席を外していたのでしばらく待って、周りを撮影した。
室内の撮影は禁止だけれど、前庭からの撮影は構わない。
この記念館は有料で、大人 800円だけれど身体障碍者手帳を持っているので 650円。

私が前日に行ったロンドンナショナルギャラリー展の重い図禄が見える。


1007 横山大観記念館 (3).jpg書面玄関。
ロッカーに靴を入れて室内に入る。
スリッパはない。


部屋に入って右手から回りますが、最初に絵はがきや絵を売っている売店があり、2階への階段がありますので2階に上がりました。

1007 横山大観記念館 (7).jpg玄関の右側に横山大観略年譜が書かれており、順路は右に入るようになっている。


2階が、いわばアトリエで「雲去来」の習作などが展示されており、文化庁政策のビデオを見られるようになっていました。
この10分強のビデオは見ましたけれどなかなか良かったです。

雲去来1.PNG2階の部屋に掛けられていた「雲去来」の習作。
画像は横山大観記念館のサイトから借用。
「生々流転」などの習作も置かれていたけれど、もともと「朦朧流」で有名な作家だから良い感じだけれど大きな感激はしなかった。


置いてある作品が少ないのと工事中で入ることが出来ない場所が多いため 30分ほどで出ました。

1007 横山大観記念館 (9).jpg横山大観記念館の入口に立てられていた台東区教員委員会のパネル。
横山大観旧宅及び庭園は「国指定 史跡及び名勝」に指定をされている。


1007 横山大観記念館 (10).jpg横山大観記念館。
趣きは感じられる。


まだ 11時10分くらいでしたから次に予定をしていた同じ池之端にある 旧岩崎邸庭園に向かいました。

posted by ogu at 16:27| Comment(0) | 上野 | 更新情報をチェックする

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